おすすめの百合作品を紹介する⑦blue

おすすめの百合作品を紹介する⑦blue

映像化されている百合漫画はたくさんありますが、アニメではなく実写映画化されている作品はそれほど多くはないと思います。そんな中でも、30年近く前の作品ながら、実写映画としても高く評価され、世代を超えて多くの人に読み継がれている作品があります。魚喃キリコの『blue』です。
blueは、1996年にマガジンハウスの漫画雑誌『COMICアレ!』で連載されていた作品で、単行本は全1巻です。これまでに英語版のほか、フランス語版やスペイン語版、ドイツ語版も刊行されています。
繊細なストーリー、鮮烈な印象に残るイラスト、詞的な情景描写などなど、いまなお心動かされる作品です。今回はblueについて、原作とともに映画の見どころも紹介したいと思います。

終わりゆく学生時代の物語

作品の大きな魅力の一つが、儚く透明感あふれるストーリーです。物語は主人公の高校三年生の桐島が、あるきっかけから留年したクラスメイトの遠藤と親しくなるところから始まります。桐島にとって遠藤は他の同級生とは違う雰囲気を持つ憧れの存在ですが、仲良くなるにつれてその関係性は徐々に変化していきます。
時間にすると高校三年生のわずか一年間の物語です。しかし、主人公たちにとってはこれから生活が大きく変わるかもしれない不安と将来への期待が入り混じった不安定な時期です。この学生時代が終わりかけている、いまにも壊れてしまいそうな期間の物語だからこそいいのです。
二人の年齢設定も絶妙です。主人公の桐島にとって、遠藤は同級生ながらも年齢は一つ上。最初は友達でもなく、先輩でもなく、言い知れない憧れの存在として登場します。自分より一歩先にいる、近づきたい存在なのですが、理由を言語化することはできません。そのもどかしさに悶えながらも距離を縮めようとする桐島の痛切さに胸を打たれます。
物語の序盤、桐島は異性との大人びた付き合いをする遠藤に憧れて、同じような行動をとろうとします。しかし、うまくいかず思い悩むのですが、桐島は自分が遠藤に同化することを望んでいたのかと思いきや、そうではないということに気づき始めます。痛々しいシーンではありますが、自分ではコントロールできない衝動に突き動かされながらも進んでいく桐島の純粋さは美しくもあります。
その一方で、遠い存在だと思っていた遠藤の胸の内にも複雑な葛藤があり……。そこが明らかになっていく過程も鮮やかで素晴らしいのですが、ぜひストーリーを読んで確かめてほしいと思います。

記号的なのに力強い絵

もう一つ、作品を語るうえで欠かせないのがイラストの魅力です。デザイン画のようにスタイリッシュなのに抒情的でもある独特なイラストは、一度見たら忘れられない強さがあります。
それも描き込みが多いとか、勢いや重厚さがあるといった強さではありません。むしろシンプルで記号的で無機質なようにも見えるのですが、それが儚いストーリーや痛切な情景描写とうまくマッチして、独特な透明感を生み出しています。
他の漫画であれば、人物の表情を強めに描いたり、装飾やトーンで感情を表したりするところ、この漫画はほぼそういった演出はありません。最低限の線で描かれた人物とテキストだけのコマ、ときおり登場するリアルな背景によって構成されています。余計な装飾がないために、人物の些細な言動の中の心理描写が光るのです。
背景の描写も美しいです。作中で大きく背景が描き込まれたページというのはそう多くありませんが、だからこそ印象に残りやすく、想像の余地も広がります。
たとえば、桐島と遠藤が学校の帰りに海を見に行くシーン。最初に黒で描かれた武骨な海とテトラポッドの背景が一瞬出てきて、あとは二人の会話が続くのですが、シーンの終わり間際に二人が海を見ながら並んで話をしている遠景のイラストが登場します。何気ないシーンですが、実は二人はこんな美しい場所で会話していたのか、と後から気づくカタルシスがあります。
ちなみに、魚喃キリコはblue以外にも独特なタッチの作品を色々出しています。百合作家というわけではありませんが、素晴らしいイラストが見られるので、気になった方は他作品と比較しながら読んでみるのも面白いかもしれません。

漫画の雰囲気そのままに実写化した映画

最後に、映画版の魅力です。この作品は2003年に映画化され、主演の市川実日子がモスクワ映画祭で女優賞をとるなど、芸術面でも高く評価されました。
映画版のいいところは、原作の良さである儚さや透明感を残しつつ映像化しているところです。漫画や小説が映像化したときに、設定が改変されるのはともかく、全体の雰囲気やテンポが変わってしまうこともあるかと思います。原作ファンとしてはそこが気になるところなのですが、この作品はそういった違和感なしに観られます。
もちろん、原作からまったく変更点がないわけではありません。しかし、変更された設定や追加シーンがむしろ映像化では人物描写の補完になっていたり、物語の良さをより引き立てていたり、プラスの相乗効果になっています。
たとえば、原作ではそれほど細かく描かれなかった遠藤の趣味の描写。遠藤は洋楽を聞いたり、西洋美術に興味を持っていたりするのですが、そんな大人びた趣味を持つ遠藤に憧れる桐島というのがリアルで、より二人の関係性の解像度が増します。原作にはないシーンですが、桐島が初めて遠藤の家に招かれて二人で画集を読むシーンや、桐島が遠藤の家から帰ってきたあとに借りてきた画集を自宅で眺めるシーンなどは必見です。
さらに、映画の大きな見どころになっているのが、舞台設定です。原作は作者の地元である新潟が舞台になっていますが、映画も主に新潟市内で撮影されています。原作ではさりげなく描かれている商店街や海沿いの道などが、実際の風景として見られるのは感動するでしょう。
原作には、学生生活が終わろうとしていることへの不安とともに都会への憧れの描写などもあるのですが、実在する街が背景になることで、そういった心情がよりリアルに感じられます。昔ながらのアーケード街や海に続くバス停など、それだけでも風情のある場所が多く、作品の抒情性もより強まります。
詳述は避けますが、特に終盤にかけては本当に美しいシーンが続くので、ぜひ漫画を読んだあとにでも映画版も観てほしいと思います。


原作はマガジンハウス、祥伝社、東京ニュース通信社から3冊出ていますが、内容に変わりはないので、一番新しい東京ニュース通信社版を探してみるのがよいかもしれません。漫画は全1巻と読みやすく、映画はU-NEXTで配信もされているので、ゴールデンウィーク中の空いた時間にチェックしてみてはいかがでしょうか?