おすすめ百合作品を紹介する②乙女の港

おすすめ百合作品を紹介する②乙女の港

百合作品を読んでいると、違う作品でも似たような空気を感じることがありませんか?
たとえば、マリみての「タイが曲がっていてよ」のシーン、青い花の「ごきげんよう」という挨拶、わたゆりのお嬢様学校設定。
お姉様と妹、ミッションスクール、古風な言葉遣い……などなど、百合作品にありがちな設定はいろいろありますが、こういったイメージのもととなっているのが、戦前に生まれた「エス」の文化です。
そんな百合とは切っては切り離せないエスと、そのおすすめ作品を紹介したいと思います。

エスは戦前の女学生の文化

エスとは女学生同士の深い関係性を描いた作品やその関係性自体を指す言葉で、Sisterの頭文字に由来します。男女交際が厳しく禁じられていた時代にできた文化で、主に上級生と下級生の間の交際のことをいいました。下級生は憧れの上級生を「お姉様」と慕って、二人きりで遊んだり文通をしたりしていたそうです。その耽美で可憐なイメージが、マリみてをはじめとする今の百合作品に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。
一方で、「エスは百合と言えないのではないか?」という議論もあります。そもそも「百合」は、70年代の男性同性愛者向けの雑誌『薔薇族』に対して、「女性同性愛者を指す言葉も作ろう」といった流れで生まれた言葉です。そのため、本来同性愛者を示すものである百合と、恋愛関係とは言い切れないエスは別物ではないかという声があるわけです。
しかし、マリみてなどのブームを経て百合の定義が広がっていったことや、エスの中にも必ずしも恋愛関係がなかったとは言い切れないことなどから、ここではエスも百合の一種として紹介したいと思います。

文豪が描いた百合

前置きが長くなってしまいました。
そんな独特な出自のあるエスの文化ですが、このめくるめく美しい世界のルーツに触れてみたいと思った方もいるのではないでしょうか?
ただ、昔の作品というとなんかとっつきづらい……そんな方におすすめしたいのが、エス文学の代表的作品の一つ、『乙女の港』です。

乙女の港は、川端康成が1938年に出版した少女向けの小説です。当時、女学生の間で大ブームになっていた雑誌『少女の友』に連載されていたものでした。
川端康成といえば、ノーベル文学賞を受賞した世界的な文豪というイメージを持つ人も多いと思いますが、こうした一般向け、しかも子供向けの小説なども書いていたのです。
その意外性もさることながら、すごいのは中身です。もちろん戦前の作品であり、現代の小説と比べて読みづらいところもあるかもしれません。しかし、それでもすっと入ってくるような面白さと、何より百合好きの人なら刺さるに違いない描写がいたるところにあるのです。

おすすめポイント①魅力的な三角関係

まず、注目してほしいのは、まるで現代の百合漫画かのような「三角関係」です。
ストーリーは横浜のミッションスクールに入学してきた主人公・三千子が、二人の上級生・洋子と克子から「エスの関係にならないか」とアプローチを受けるところから始まります。しかし、エスは一対一の関係性でなくてはなりません。三千子は最初に知り合った洋子との仲を深めていきつつも、魅力的な克子にも惹かれ、二人の間で揺れ動きます。
現代の百合作品でも三角関係を描いたものは数多くありますが、まさに典型的なストーリーといえます。純粋で感じやすい新入生が素敵なお姉様たちに翻弄されていく展開は王道ですが、80年前の小説だと思うと新鮮な気持ちで楽しめます。
登場人物もみなキャラが立っていて魅力的です。無邪気で明るい三千子に、優しいけど少し陰のある洋子、勝ち気で魅惑的な克子と、現代のアニメや漫画にそのまま出てきそうな人物ばかりです。読んでいくうちに、誰か1人は推したくなるような人物が見つかること間違いなしでしょう。

おすすめポイント②緻密な百合描写

次に紹介したいのが、美しい百合描写の数々です。
春の公園のベンチで三千子と洋子が手を取り合いながら語らうシーン、高原で雷雨に遭った三千子が思わず克子の肩に抱きついてしまうシーン、洋子と三千子の関係性に嫉妬した克子が三千子におそろいのプレゼントを贈るシーン……。
そんないかにも百合っぽいシーンが物語中にたくさん登場します。
注目すべきは、洋子と三千子との仲を邪魔しようとする、ライバル役の克子の描写です。克子は夏休み中、三千子が洋子と会えないのをいいことに、旅行先で三千子との距離を縮めようとします。克子は三千子に自転車の乗り方や乗馬を教えようとするのですが、その際中にこんなことを言うのです。
「この夏中に、三千子さんを強く鍛えてあげるの。私の好きなように、三千子さんを変えちゃうの」
なんともドキッとするセリフではないでしょうか!もともと少女向けであり、激しい描写のない作品ではありますが、その分、ちょっとした会話などから百合成分をひしひしと感じられるのもまた楽しいです。

おすすめポイント③当時の文化背景

さらに本作の大きな魅力といえるのが、当時の文化を追体験できることです。
物語は春夏秋冬の季節ごとに進んでいくので、当時の女学生がどんな1年を送っているのか想像しながら楽しむことができます。運動会、夏休み、クリスマス……と意外と今の学校生活と変わらないことに驚くかもしれません。
ただ、日常の描写の随所に時代性が現れています。たとえば、エスの少女たちのやりとりは文通です。メールも電話もない時代だったのだから当然といえば当然でしょう。
三千子のお母さんが「女学生は変だね。毎日会ってるのに手紙でやりとりするなんて」といったセリフを言うシーンがあるのですが、手段は違えど今も昔も親に隠れて子供同士で秘密のやりとりをしていた様子がうかがえます。
他にも、さりげない生活の描写の中に和装が出てくることも時代性を感じます。たとえば、三千子が洋子と出かける際にお気に入りの着物を着ていくシーン。現在では学生同士で遊ぶときに着物を着るというのはなかなか考えられないですが、和装から徐々に洋装が浸透していった過渡期ならではの描写といえるでしょう。

素晴らしい挿絵も見てほしい

さて、ここまで物語や描写の魅力を紹介してきましたが、最後にもう一つどうしてもおすすめしたいポイントがあります。それは、挿絵の素晴らしさです。
この小説は文庫本や単行本、全集など様々なバージョンがありますが、ぜひおすすめしたいのが実業之日本社から出ているものです。文庫本でも単行本でも、ところどころに中原淳一の挿絵が入っているのですが、これが本当に美しいのです。
中原淳一とはこの小説が連載されていた雑誌『少女の友』で挿絵を担当していたイラストレーターで、当時の流行に敏感な女性や少女たちから絶大な支持を得ていました。そのイラストは、いま見ても可憐でかわいらしく、まさに小説の世界観そのものです。特に少女2人のイラストは、露骨な描写こそないにもかかわらず、一目見て2人が深い仲であることがうかがえる百合っぽさがあり、そのまま同人誌の表紙に使ってしまいたくなるくらいです。
小説を読むのが面倒くさいという人でも、このイラストを見るだけでも手に取ってみる価値はあるかと思います。

ハードルが高いと思いがちな昔の小説ですが、「乙女の港」は王道の展開に魅力ある人物、美しい挿絵と、間口の広い作品です。読書の秋のお供として、本作をきっかけにエスの世界を覗いてみてはいかがでしょうか?